遠藤は、震災前後に設計した住宅について大正13年の『婦人之友』5月号に初めて複数の作品をまとめて発表した。この掲載により、現在でも遠藤の大正期の作風を知ることができる(『建築家遠藤新作品集』1991年 中央公論美術出版社、『住宅建築』1983年2月号・1992年5月号に転載)。
中でも、唯一現存する萩原庫吉邸(1924年)は、 後の遠藤による2階の増築を含め、当時の様子をうかがうことのできる貴重な住宅である。殊に書斎は家具を含め当初の姿をよくとどめている。また、1992年に庫吉の子どもたち兄弟姉妹が協力して復元修復したのち、 国登録有形文化財(2000年)に登録されて久しい。
ほかに、資生堂の福原信三の個人秘書で「福原さんの手」と言われた安成三郎の住宅、 稲田男爵邸、岡田氏書斎、洋画家の川島(理一郎)邸、有川(治助)邸などが掲載されている。
なお、
「まづ地所 を見る 地所が 建築 を教へえて 呉 れる いかに 建築が 許されるか いかに 生活が 許されるか そしていかに 生活が 展びられるか 其をそこの 自 然から 学ぶ。(略)」
というように、自然・建築・生活についての建築家の姿勢が示されている。
そして
「 部分が 相 済す 美しさ、それがまた 全体に 参ずる 美しさ そして 更に 全体が 部分に 及ぶ 美しさ、 其 美しさと 真実。」
(※漢字は旧字を現行の文字に変更した)
と続く「はしがき」により、 遠藤の住宅(建築)設計に対する考え方を知ることができる。
旅館のサービスとホテルのプライバシーをもつリゾートホテルは、水の流れ、あるいは淀みのように静から動へ、あるいは動から静へ、高から低へと、客室から図書室、階下のレセプションルームへ、そこからさらにバンケットホール、そしてテラス、庭園、池へと宿泊客を導き、あるいは留まるように設計されている。
山邑別邸について南信が「上善水如」と表現したように、甲子園ホテルも、敷地と建物と生活を一体として考えた環境としての―「全一なる対象として建築を考える」― 設計がされている。また水をテーマにしたデザインが、宿泊客を誘う暗示として彼方此方に配されている。
竣工後間もない昭和5年(1930年)の『新建築』誌7月号は、甲子園ホテルの特集で、設計者の遠藤の他、設計補助に阿部春勝・土浦稲城、強度設計に南信の名前が並んでいる。南は、独立して設計事務所を営んでいたものの、甲子園ホテルの設計に参加していたことが分かる。南が独立した後の遠藤新建築創作所には構造設計を得意とした柴田太郎(1901年~1984年)がいた。柴田は、大正14年(1925年)から昭和3年(1928年)まで在籍し、遠藤が引きとめたものの(柴田の長女談)、同年に独立したため、南に構造設計を依頼したものと考えられる。
因みに、土浦稲城(1902年~1974年)は土浦亀城(1897年~1996年)の弟で、後に独立(1924年~1931年)して京都の洛東アパート(1932年)などを設計したが、亀城が独立した際に所員として加わり、長年兄を支えた。 なお、甲子園ホテルは、現在武庫川女子大学甲子園会館(国登録有形文化財2009年)として活用されている 。
各室に暖炉が設置されているが、何といっても圧巻は居間の暖炉である。甲子園ホテルに使用されたものと同質の石材を使用した暖炉と共に、その上部の壁は一面のレリーフに仕立ててある。青海波と菱文様を使用したレリーフは、天井の細やかな金銀市松模様と共にいわゆる江戸のデザインを取り入れたものであった。
また、大阪には大規模な住宅である加藤邸(1931年設計)が完成している。この住宅は、東西に長く展びる1階の一部に方形屋根の2階を乗せたもので、屋根は瓦葺きであった。そして各室には円をモティーフに展開した力強いデザインの暖炉が設置されていた。
アトリエは、片流れ屋根で北側に高く、室内は北側に中2階が設けられている。中2階の北側の窓から入る光が、勾配天井に反射して明るさを下方に拡散するように設計されている。
「恩地さんがアトリエを建てた」と社のI君からの注電で、早速出かけて見る。
中央線の荻窪駅で下りて東南へ五六丁。櫻林の一角を地ならしして建てられた紅殻色の家だ。自転車の商店員らしいのに道を尋ねた時、「西洋館のやうな日本館のやうな赤い家ですよ」といった通りの家だ。 設計者は遠藤新氏だと聞いてなるほどと首肯出来た。
サロンに落ち着くと網戸を通して、眼下の低地から遠くの森やチラホラと文化住宅が見えて展望がいい。
「引っ越しのままで、まだ整理してありませんので・・・」といふのを押して
アトリエを案内して貰ふ一二畳敷位の廣さで、中二階が出来てゐる。 音楽好きの氏は早速レコードをかけ乍がら、寫眞には写し憎いでせうといふ。
仰せの徹り寫し憎い、兎に角と恰度走り込んで来たお譲さんと窓際に座って頂く。
下寫眞の左の方出張ったのがアトリエです。
写真・図面・解説文 / 井上 祐一 氏