No.3 テクスチャ―

ライトの建築空間には華やかさがあります。全体がひとつの素材だけで出来ていることはまれで、ほとんどの作品では、様々な材料が綾なし、競い合いながら、豊かな美しさをたたえています。
上の写真は明治村に移築された帝国ホテルのエントランス・ロビーです。入ってまず眼に飛び込むのは、大谷石、スクラッチタイル、テラコッタが精妙に組あげられた柱型。テラコッタブロックにあけられた細かい穴から白熱灯の光がきらめきます。かたや天井は平滑な板で、軒先からにじみ込む自然光のグラデーションを受け止めます。
「わあ、きれい」。だれもがそう思うことでしょう。こうした華やかさを生み出すテクスチャーとは、一体どのようなものなのでしょうか。
テクスチャーとは「質感」のこと。試みに辞書を引いてみると、その語源は「(布地を)織ること」という意味の“ textura ”というラテン語にさかのぼるそうです。表面にあらわれた細かい模様のことを、日本語で「綾」といったりしますが、よく似ていますね。
布地は色、柄、そしてなにより肌触り。呉服屋さんは必ず反物を出して、客にその質感を試させます。すなわち質感は、視覚だけでなく触覚をも包みこんでいるのです。このような観念はライトにもあったようで、帝国ホテルの設計主旨を説明しながら、次のように記しています。

『日本の工人は、まだ、石造建築に訓練されていない。従って 施工が粗になるのはやむを得ない。絹の刺繍というよりも毛氈(もうせん)、繻子(しゅす)よりも手織木綿といった風で、日本の趣味としては多少荒削りに過ぎるかも知れぬ。事実この建物は、その毛氈である。煉瓦、石、銅、コンクリート打ちまぜ、鉄筋を編み込んだ大きな毛氈と見ればよい。』(※)

用いられている素材を色彩的に見れば、テラコッタおよびタイルの赤茶色と、大谷石および銅板の白緑ないし緑という対比色構成です。しかしそれだけではありません。各々の素材の荒さ、滑らかさが異なっています。柔らかい大谷石に対して固いタイル、厚く重々しい石に対し薄く軽い緑青銅板、大谷石の斑の荒さに対して均質なテラコッタ。個性的な素材が、互いに微妙な対比を繰り広げながら、まるで手を取り合うかのように補いあい、精妙な織物に仕立てあげられています。
「帝国ホテル(1923)」 ポーチの柱型タイル、大谷石、ブロックの構成がよく分かる
(写真提供:INAXライブミュージアム)
「帝国ホテル(1923)」 白熱灯の明かりが漏れる柱型
写真「グッドリッチ邸(1896)」

このライトの関心は、母国アメリカでも花開きます。ロサンゼルス近郊に建てられた、テキスタイル・ブロック・ハウスと総称される4軒の実験的な住宅作品は、表面に幾何学的な文様をあしらったコンクリートブロックで造られています。ほぼ単一の材料で建物全体が出来ている、まさに例外的作品群です。

「ラ・ミニアチューラ(1923)」
外観とブロックのパターン
「ストーラー邸(1923)」
外観とブロックのパターン
「エニス邸(1924)」
外観とブロックのパターン

コンクリートブロックは鋳型さえあれば大量に複製できますから、手間を省きながら安定した品質が確保できると、ライトは考えたはずです。この材料は万年塀や機械室の壁に使われる安価で質素なものと捉えられがちです。それ自体の質感に惚れ込む建築家は少ないでしょう。しかしライトは、これを、なんと織り上げようとしたのです。「テキスタイル」とは、文字通り「織物」という意味。語源も「テクスチャー」同様、ラテン語の「織られたもの」です。4軒それぞれに個性的なパターンを鋳込まれたブロックは、その積み上げかた、組み合わせの妙によって、綾のある豊かな陰影を作り出すことに成功しています。彼がそれをこの質素な材料に与え施したのです。

コンクリート打放しの単純な箱、冷蔵庫の内部のように真っ白に塗られた衛生的な室内、時折挿入されるペンキの原色。こうしたものが、近代デザインの主流でした。素材は色彩と材料という個別の次元に分解され、感覚は視覚と触覚に分離されつつありました。色は禁欲的に漂白されるか、あるいは眼の楽しみだけのために塗られ、素材は耐久性や軽さ、下手をすると価格で選ばれ、というように独立した事柄として扱われるようになり、自然の素材や伝統的素材の持っていた細やかな綾は忘れ去られようとしていたのです。しかし、ライトは違いました。
つややかな、荒々しい、柔らかな、ごつごつした、張りつめた、緩やかな、暖かな、怜悧な・・・建築から感じられるほとんどあらゆる形容詞の源は、突き詰めれば素材の個性にあります。いわば手の届くところにある、直に触れることのできる豊かさです。これらの質感の横糸を、明度、彩度、色相といった色調の縦糸に編み込んで、建築空間を織り上げていく。こうすることによって、古びても、風雨にさらされても色あせることのない、華やかな気品が生み出されているのです。


  • (※)明石信道・村井修著:フランク・ロイド・ライトの帝国ホテル、建築資料研究社2004、pp.45-46より引用。原文は「新帝国ホテルと建築家の使命」と題された遠藤新氏の訳、ルビは富岡先生。

写真・図面・解説文 / 富岡 義人 氏

この記事は2007年7月に発行した㈱淀川製鋼所社外PR誌「YODOKO NEWS」に掲載されたものです。
上部へスクロール