後世に受け継がれるライトの建築遺産
ヨドコウ迎賓館は、ライトの建築空間を体験することのできる貴重な文化遺産です。私はこれまで多くのライト作品を訪ね、『F・L・ライト建築ガイドブック』(丸善出版, 2009)を翻訳出版しました。ここでは、近年新たに公開されるようになった、ガイドブック未掲載の作品を紹介しながら、最近の保存活動の傾向について今号から2回にわたって考えてみたいと思います。
前編は、第2黄金時代の作品をご紹介します。ミネソタ州ミネアポリスにある「
ウィリー邸」(1933、
写真1)は、居間が2階に配されていた初期案が平屋建てに変更されたことによって、ユーソニアンハウス
(※1)の契機となった重要な住宅です。
- (※1) ユーソニアンハウス:ライトの思い描く理想郷としてのアメリカ「ユーソニア」の住民のための家。低コストでも良質な住宅の提供を目指した。
また最初のユーソニアンハウスとしてウィスコンシン州マディソンにある「
ジェイコブズ邸」(1936、
写真2)は、タリアセン
(※2)に問い合わせて日程交渉する必要がありますが、見学可能です。この住宅は、今年1月、アメリカ国務省がユネスコ世界遺産登録申請を行った10件のライト作品のうちの1件でもあります。
- (※2) タリアセン:ウィスコンシン州にあるライトの自宅兼アトリエ。現在はタリアセン・プリザベーションによって管理・公開されている。
ウィスコンシン州ラシーンにあるジョンソン・ワックス本社ビルは以前から同社によって一般公開されていましたが、避難経路が中央シャフトの1箇所しかなく新たな法規に不適合となることから1982年より閉鎖されていた「
リサーチタワー」(1944、
写真3)も、1階に係員を常駐させることで2014年より一般公開されています。
同社オーナーであったハーバート・ジョンソンの自邸でライトが「最後のプレーリーハウス」とも称する「ウィングスプレッド」(1937、写真4)も同様に、一般公開されています。
サウスカロライナ州イェマシーにある「オールドブラス農場」(1938、写真5)の公開は隔年の11月週末のみで、参加費も少々高め(2015年は110ドル)ですが、六角形モジュールと傾斜した外壁を持つ住宅や関連諸施設が広大な敷地に展開し、見所満載です。
イリノイ州ロックフォードにある「
ローレント邸」(1949、
写真6)は、2013年の嵐によって大きなダメージを受けていましたが、「ローレント邸財団」によって修復され、2015年6月より一般公開が始まりました。オーナーの車椅子生活への対応が念頭に置かれた、今で言うバリアフリーを志向したライト作品の唯一の例です。
イリノイ州プレイトーセンターの広大な農場の中にあって、ブロードエーカーシティ構想が想定したであろう風景を見せてくれる「
ミューアヘッド邸」(1950、
写真7)は、居間と食堂が離れてギャラリーで繋がれている点がユーソニアンハウスには珍しい構成です。
インディアナ州ウェストラファイエットにある「
クリスチャン邸」(1954、
写真8)は、大学教授である施主から学生を集めてレクチャーできるよう要求された広い空間を居間として実現するために、居間に段差がつけられています。この住宅の愛称ともなっている「サマラ」は周辺の樹木の「翼果」の意で、高窓の打ち抜き模様のモチーフにもなっています。
タリアセンの近郊ウィスコンシン州ワイオミングバレーにある「
ワイオミングバレー小学校」(1956)は1990年以降閉鎖されていましたが、2010年より新たに地域のコミュニティセンターとなっています。
ウィスコンシン州マディソンにあった「
ジャクソン邸」(1957)及びイリノイ州ライルにあった「
ダンカン邸」(1957、
写真9)は、共にアードマン・プレファブ1号
(※3)のひとつで、前者は1985年に同州ビーバーダムへ、後者は2007年にペンシルベニア州アクメの
ポリマスパークへ移築され、前者は朝食付宿泊施設、後者は見学・宿泊共に可能な施設となっています。
- (※3) アードマンプレファブ1号 ライトがマーシャル・アードマン社のために設計した3種のプレファブ住宅の1つ。
また「
ウィルソン邸」(1954、
写真10)はニュージャージー州ミルストーンからアーカンソー州の
クリスタルブリッジズ・アメリカ美術館に移築され、2015年11月から一般公開されることになっています。
先例に「
ポープ邸」(1939、
写真11)、「
ストックマン邸」(1908)、「
ゴードン邸」(1956)、また日本の「
帝国ホテル(正面玄関部分)」(1923、
写真12)等がありますが、敷地の地価が高い場合など、移築保存のケースは今後も増えてくるであろうと思われます。
一方で、敷地と建物の一体化がライトのメイン・コンセプトであることを思えば、移築は苦肉の策であることを忘れてはならないでしょう。
雑誌「ライフ」の企画で「年収5000~6000ドルの家庭のための住宅」としてデザインされたものの実現案としてウィスコンシン州トゥーリバーズにある「シュウォーツ邸」(1939、写真13)、インディアナ州フォートウェインにあるコンパクトなユーソニアンハウス「ヘインズ邸」(1950、写真14)、ミネソタ州オースティンにある大規模なユーソニアンハウス「エラム邸」(1950)、ミシガン州アナーバーにある正三角形グリッドプランの「パーマー邸」(1950、写真15)は、いずれも宿泊利用限定で公開している住宅です。
その価値を理解した非営利団体が住宅を保存・公開する場合、大都市から離れた敷地では入場料収入に頼る運営は困難でしょう。
オハイオ州ウィラビーヒルズにある「
ペンフィールド邸」(1953、
写真16)も同様の運営で公開されていましたが、最近新たなオーナーに売却されました。買い手が現れるまでの空白期間を有効に活用する方法でもあるようです。
2泊約10万円から利用可能なこれらの住宅ですが、インターネット予約は2カ月先まで埋まっています。日本から気軽に利用できるわけではありませんが、ライトの住宅に泊ることは、住宅本来の意味を問い直す理想的な機会かもしれません。
アリゾナ州フェニックスにある「
デイヴィッド・ライト邸」(1950)はライトの三男の自宅です。
ニューヨークのグッゲンハイム美術館(1956、写真18)やサンフランシスコのモリス・ギフトショップ(1948、写真19)のように、螺旋のスロープによって構成されています。
開発業者への売却によって一時は取壊しの危機に直面しましたが、非営利財団「デイヴィッド&グラディス・ライト邸財団」がこれを買い取り、一般公開されています。
この住宅は救われましたが、同様にスロープによって構成されたニューヨークの「
ホフマン・オートショールーム」(1954、
写真20)は、2013年に、取り壊されてしまいました。
ライトの作品といえど、これらを保存・活用していくことは、やはり簡単なことではないのです。
写真・図面・解説文/ 水上 優 氏
この記事は2015年10月に発行した㈱淀川製鋼所社外PR誌「YODOKO NEWS」に掲載されたものです。