ライトの世界を体感できる貴重な住宅建築

ヨドコウ迎賓館に見るライトの緻密な建築意匠。

フランク・ロイド・ライトが設計したヨドコウ迎賓館には、いくつかの大きな特徴があります。
まず1つ目は、1階の車寄せとそのすぐ上の2階の応接室の構造とデザインの関係です。一般的なラーメン構造(※1) の建築物では、梁が床スラブの下に架かり天井に凹凸が生じるのが一般的です。しかし、ヨドコウ迎賓館の場合は2階の応接室側に梁が架かる逆梁であるため、車寄せの天井は完全にフラットになっています。一方、応接室では梁の上部に造り付けの長椅子を設置することで梁を隠しています。なぜライトはフラットな天井にこだわったのでしょうか。

その理由は「内部と外部の一体化」を重視した彼の建築思想にあると考えます。1階の車寄せはフラットな天井と柱に囲まれており、すっきりと周囲の景色が見通せます。つまり天井をフラットにすることで視線を外へ外へと導き、内にいながら外との関係を意識させているのでしょう。ライトの代表作である「落水荘」(米国ペンシルベニア州)も同様に低く水平な天井をもち、大きなガラス窓から視線が外に向くように造られています。

  • (※1)柱・梁を剛接合とした構造形式
フラットな天井と柱が額縁のように風景を切り取る(1階車寄せ)
2階応接室

2つ目は、日本の茶室の「躙口(にじりぐち)」とよく似た空間構成です。茶室では限られた広さの空間をより広く感じさせるため、入口である「躙口」が非常に小さく造られています。ヨドコウ迎賓館でも1階の玄関から2階への階段の空間を意図的に狭くすることで、2階応接室の中に入ったときの空間の広がりを演出しているのではないでしょうか。

3つ目は、「遮蔽縁(しゃへいえん)」(※2) を活かした空間構成です。これは隠れて見えない部分が移動することで見えるようになる構成で、室内に変化を与え空間体験をより豊かにする狙いがあります。ヨドコウ迎賓館の廊下も奥に何かがあると期待させる空間になっており、階段を上がるに従い見える風景が変化し、歩いていて楽しい空間と言えます。これは日本の伝統建築や庭園にも見られる空間構成です。桂離宮や二条城二ノ丸御殿などの雁行型配置の建築や石組みや木々が重ねて配置された日本庭園は歩いていくことでどんどん違う風景が展開していきますので、「遮蔽縁」を活かした空間は「日本的な空間」と言えるでしょう。

  • (※2)奥の空間を隠している縁
「form and function are one」(形態と機能は一つ)
ライトは構造・デザイン・機能は全て一つであると考えていた。ライトが提唱した有機的建築のひとつの考え方だと言える。
芦屋の街を見通せる車寄せ南側
4階食堂からの風景
ライトの意志を受け継ぐ遠藤 新の「甲子園会館」

ヨドコウ迎賓館がある関西(兵庫県)には、かつて「東の帝国ホテル、西の甲子園ホテル」と並び称され、現在は武庫川女子大学 建築学科の学舎として利用されている「甲子園会館(旧甲子園ホテル)」があります。ライトの愛弟子である遠藤 新が設計を手掛けており、ヨドコウ迎賓館との共通点も数多く見ることができます。

例えば、どちらの建物も深い庇(ひさし)があり水平線を強調したデザインが見られることや、ヨドコウ迎賓館は「大谷石(おおやいし)」、甲子園会館は「日華石(にっかせき)」と、建築材料に石を採用していることが挙げられます。また、建物全体が一定のモジュール(基準寸法)に基づいて構成されている点や、暖炉の “煙突”により縦方向の空間構成が水平線を強調したデザインの中でアクセントとなっている点も共通しています。
遠藤はライトの思想を受け継ぐ忠実な弟子だったと言われています。ライトが周囲の自然を抽象化した幾何学模様のデザインを建築の中に採り入れたように、遠藤も甲子園会館の壁面を覆う装飾タイルや日華石の彫刻に幾何学模様を採り入れています。また「打出の小槌」を主題にした装飾や緑釉瓦(りょくゆうがわら)(※3) 、西ホールの天井に見られる市松格子など、日本的な意匠が随所に取り入れられ、遠藤独自の世界が表現されています。

  • (※3)緑色の釉薬がかけられた瓦
日華石の石柱
外壁の装飾タイル
「打出の小槌」文様の棟飾りと緑釉瓦
「打出の小槌」文様の蹲(つくばい)
遠藤 新 (えんどう あらた) [1889~1951]

福島県相馬郡福田村(現新地町)出身。
東京帝国大学建築学科卒。
ライトに学び数多くの優れた建築を設計。


企業のバックアップは、建築物を後世に遺す一つの方法。
天畠 秀秋氏
フランク・ロイド・ライトの建築が、建設当時と同じ場所で保存され、専門家のみならず一般の人々に公開されていることは大変有意義なことです。文化的価値のある建築物を後世に遺す方法として、ヨドコウ迎賓館のような企業のバックアップは一つのモデルになるのではないかと思います。
また、甲子園会館のように学舎として使用しながら保存されるケースもありますが、大切なことは専門家以外の人々にもその建築の価値を広く知ってもらうことではないでしょうか。
特にヨドコウ迎賓館は、ライトの世界を体感できる貴重な住宅建築であることから、見学だけでなく「住む」ことを体験できる企画があればよいですね。パーティなどへ場所の提供を検討されるのも良いかと思います。
今後もヨドコウ迎賓館の一般公開を続けていただきたいと願っています。

写真・図面・解説文 / 天畠 秀秋 氏

この記事は2012年5月に発行した㈱淀川製鋼所社外PR誌「YODOKO NEWS」に掲載されたものです。
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