NO.1 モールディング


写真(右・写真1)はライトのユニティ・テンプルの内観です。さほど大きくないものの、伸びやかで清々しい空間です。この印象をつくり出しているのが、モールディングと呼ばれる縁取りの装飾。そこかしこにオークの棒でできた縁取り・枠取りを発見できるでしょう。ふつうモールディングは、水平に連続させて高さの基準をとったり、窓や扉の周囲を取り巻いてそこを際立たせたり、立体の折れ目に走らせて角や隅を保護するように用います。しかしこの作品では違います。隅の柱のところ、モールディングは柱の面を回り込むように四角い枠を描きます。立体の隅は単なる折れ線のまま。こうすることによって柱の立体的輪郭を弱め、量塊の重さを消すのです。
写真1「ユニティ・テンプル」半階下の回廊から見上げる
枠の中ほどにはバルコニー席の腰壁が突入してきますが、水平に連続する高さの基準がありません。ですからバルコニーの輪郭は固定されず、この枠取りのなかで自由に動き得るかのような表情が生まれます。天井を縦横に走る格子状のモールディング。細かく区切られた正方形は皆トップライトになって、礼拝堂に光を流し込みます。そしてついにモールディング自ら茎となって垂れ下がり、空間の中程に照明器具の花を咲かせます。こうして、この作品は、上下にずれあう角柱形の空間を束ねたような、動きのある表情を醸し出すことになるのです。

この手法は、ライトの他の作品にも見られます。ロビー邸(写真2)、ホリホック・ハウス(写真3)、その他多くの作品では、屋根の内部に折れ上がった天井があります。この天井面に施されるモールディングは立体の折れ線に沿わず、それを越えて枠取りを描きます。立体的に区切られた別々の面をモールディングで連続的に見せるあの手法です。むしろ、モールディングの施された平滑な天井を、あとから押し上げ、折り上げた造形と理解すべきなのかも知れません。

写真2「ロビー邸(1909)」の内観
写真3「ホリホック・ハウス <バーンズドール邸>(1921)」内観

ライトの建築は外に向かって成長していくかのような形をしています。その結果として外形には複雑な凹凸が生じます。彼はこのような建物の形の表面に、水平のモールディングを連続させるようなことをしません。表面に向かって突入してくるモールディングを、平滑な面や枠の中に素直に受け止めます。こうすることで立体が貫通しあっているかのような表情が生まれます。同時に設計上の自由も得られます。一定の高さに水平のモールディングを走らせれば、軒、腰壁、窓の高さを揃えるための基準が得られ、すっきりした印象をつくり出すことができます。が、その一方で各部分を統制する固定的な作用が生じ、ライト特有の空間の自在な振舞いが表現できなくなってしまうのです。

モールディングには、窓と壁、天井と壁のつなぎ目を、きっちりと納めるという役割もあります。しかしライトのモールディングは、こうした実際的な目的を超えた、空間表現の一手段なのです。 ロココの室内 を壁から天井に向かって延々と繁茂していく植物文様の装飾や、あるいは日本建築の折上げ格天井に近いアイデアととらえられるかも知れません。

装飾によってしか表現できない立体感覚がある。区切りの表現手法を連続の表現手法に変えることができる。このことに気づいていたライトは、無装飾を称揚する当時の建築界の趨勢の中でも、装飾の技法をあっさりと捨て去ることはできなかったのです。

写真・図面・解説文 / 富岡 義人 氏

この記事は2007年1月に発行した㈱淀川製鋼所社外PR誌「YODOKO NEWS」に掲載されたものです。
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