No.2 エッジ


ライトの建築空間には動きがあります。ある時は巨大な力で屋根を浮かびあがらせ、ある時は外の眺めに向かってゆるやかに伸び広がっていきます。この快活な表情は、どのようにして生ずるのでしょうか。写真(上・写真1)はライトのロビー邸の外観。水平に突き出された軒先は、先端までシャープに造形されています。この感覚を心に刻み、下へと眼を移せば、あちこちの腰壁が端部でエッジを立てていることに気づきます。あるものは軒先の向きに刃先を沿わせ、あるものは直交して小さく突き出す。迫り出した屋根の下で交錯しあう壁面の戯れ。エッジが際立っているからこそ、私たちはライトが意図した通りの空間の動きを感じ取ることができるのです。
写真1「ロビー邸(1909)」の外観 先端部の腰壁の交錯
外壁は横長のプロポーションの煉瓦。かつては目地の縦方向だけに煉瓦と同色のペンキが塗られ、細い赤帯の積み重ねが表現されていたそうです。あくまでも水平性を強調しようとする強い意志のあらわれです。こうして醸し出される連続感が、端部で突然断ち切られる。そうすると、私たちはその延伸を見てしまう。形なき形が、エッジを越えて先へと伸びゆく動きを見るのです。端部が屈曲して回り込んだり、あるいは額縁のように縁どられていると、このような効果は生じません。意図する方向へ壁を力強く突出させ、スパッと切り落としたエッジを立てる。その視覚的効果を利用することで、ライトは、空間に明瞭な方向性を与えたのです。

この手法は、ライトのその後の作品で、さらに発展していきます。ライトの自邸、タリアセン(写真2・3)では、丘の斜面の中腹に建つ建物から、細長いバルコニーが一本突き出しています。その先にはウィスコンシンの雄大な風景。眼下には農地と大きな池が広がり、はるか丘の稜線まで見渡せます。滑走路のような、あるいはジャンプ台のような造形と言えばいいのでしょうか。バルコニーの先端に自分の身体を置き去りにして、感覚だけが風景へと飛び発ち、ゆるやかに旋回するかのように感じられます。

写真2「タリアセン(1911~25)」の外観
写真3「タリアセン」の突き出したバルコニーから見返す
さらに落水荘(写真4・5)。タリアセンとはちょうど逆に、渓谷にはまり込むようにたたずむ作品です。だから速度感たっぷりに細長く突き出すようなことはしません。むしろ優雅に広げ伸ばされた浅い箱を、様々な方向に重ねていく。腰壁の先端には、もはやエッジは立たず、モールディングも走らずに、表面が柔らかく連続します。この作品で延伸性を担うのは、浅い箱で表現された空間そのもの、そこで暮らす人間の体験そのものに変わり、さらに、その方向と強弱が、周囲の環境にあわせて精妙に制御されています。

実は、面のエッジの表現は、近代建築一般に広く見られる手法のひとつです。 たとえば、(※)デ・スティルの建築は、色あざやかな面が空中を浮遊しつつ互いに交錯するような造形で、 建築デザインの基本的手法として、いまだに深い影響を与え続けています。 しかし、ライトの手法の成立は、その十数年前に遡ります。確かに、見た目の「わかりやすさ」では、デ・スティルに軍配があがるでしょう。でもそれは、ライトの発したアイデアを単純化し先鋭化しただけなのかも知れないのです。

ライトの内部空間は、周辺の環境と緊密に結びついています。環境に的確に対応し、その豊さを味わい尽くすかのような形。これをデザインし切るためには、繊細な感受性とともに、しっかりとした技法が必要です。煉瓦目地ひとつの細部から、着実に積み上げられた方向性創出の手法。これが、自然の風景を生かし、空間を自在に振舞わせ、人間の感覚を豊かに彩る、隠れた主役となっているのです。

写真4「落水荘(1935)」の外観 平面図
写真5「落水荘」の突き出したテラスを見下ろす

写真・図面・解説文 / 富岡 義人 氏

この記事は2007年4月に発行した㈱淀川製鋼所社外PR誌「YODOKO NEWS」に掲載されたものです。
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