今回は、『タリアセン』の予定でしたが、前日に立ち寄った『ジョンソン・ワックス本社ビル』がとても素晴らしかったので、ご紹介したいと思います。
「ジョンソン・ワックス社」は、もともと床用ワックスのメーカーで、現在は家庭用品の製造をはじめ幅広い業務を行なっている企業です。本社ビルの設計は1936年、ライトが69歳の時。まだ学生であった社長のお嬢さんの強力な推薦で実現し、依頼を受けたライトは約2週間で図面を完成させたそうです。
同じ年には、ライトの最高傑作とされる『落水荘』が完成。それまで彼自身のスキャンダルや大恐慌のあおりを受け、国内の仕事が激減していたライトでしたが、これらの作品によって完全復活を世界にアピールしました。
『ジョンソン・ワックス本社ビル』は、住宅建築の巨匠ライトには珍しいオフィスビルですが、建設が始まるとすぐに法規上の問題が発生。柱の直径が細すぎて、当局からクレームがつきました。そこでライトは、荷重テストを一般公開し、安全基準の10倍を確保していることを立証したそうです。
そんな構造面のエピソードを思い出しながら事務所内へ入ったのですが、眼前の不思議な光景に息をのみ、理屈は吹っ飛んでしまいました。キノコのような柱が、天井に向かってニョキニョキと伸び、てっぺんはハスの葉のように丸く大きく開いて天井を構成しています。そして、ガラスチューブのトップライトから木漏れ日のように光が降り注ぎ、広大な空間全体にあふれ出ているのです。ハス池の中をもぐって空を見上げるとこんな感じだろうか…そんな事を思い浮かべながら、しばし夢見心地で美しさに見とれてしまいました。心で見ると素晴らしさが増幅されるのも、ライト建築の醍醐味と言えますね。
ところで、ライトはどんな技法を用いて荷重をクリアしたのでしょうか? 実はサボテンからヒントを得ていたというから驚きです。柱と柱の間は約6mで、柱の下部の直径は約23cm。円筒形の部分は空洞になっていて、金属の網が補強材として仕込まれ、メッシュ状の鉄筋コンクリートにすることで強度を高めたようです。自然の形態や構造がモチーフになっているのも、ライト建築ならではの面白さですね。
『ジョンソン・ワックス本社ビル』の建築に当たってライトは、美しく快適な空間は、その中で働く人々の心を高揚させ、ビジネスばかりではなく、人生をより豊かにするという考え方をもとに設計したそうです。さらに、オフィスビルや住宅といったスタイル・規模の違いこそあれ、ライトの建築は心を豊かにする空間づくりがテーマになっていることを再確認しました。いよいよ次は、最終訪問地『タリアセン』。ツアーを通して実感したことや、『ヨドコウ迎賓館』での体験をもとに、ライト建築すべてに共通する思想の原点に迫ってみたいと思います。
写真・図面・解説者/ヨドコウ迎賓館 柴田 直義館長