第11話 第一印象を左右する構造「逆梁」と「吊り床」

南棟東側(1階車寄せ、2階応接室)の外観
南棟東側(1階車寄せ、2階応接室)の立面図
対照的な意匠に隠された構造とは?

これまでの号でもご紹介しましたが、ヨドコウ迎賓館は山手の高台ならではの眺望の良さを生かした巧みな空間構成がなされています。その代表的な箇所が、吹き抜けの開口部になっている1階の車寄せです。この天井面は凹凸もなく、美しい景観がすっきり見通せ、ご来館された方々に感動的な第一印象を与えます。一方、真上にあたる2階応接室の外観は凹凸に富んだ複雑なデザインで、1階とは対照的です。でも実は、構造上密接なつながりがあるのです。

天井の梁の出っ張りを「逆梁」で解消
まず、1階車寄せの天井にご注目ください。これは2階応接室の床の一部になっていて、鉄筋コンクリート造の1枚スラブ(床版)で、厚さは12~16センチメートル程度に抑えられています。そして通常は、スラブのたわみを防止し、強度を保つため、天井面の周囲に梁(※1)が架けられ、凹凸がつくはずですが、天井面はフラットです。これぞまさに逆転の発想で、梁は1階天井面(車寄せ側)ではなく2階床面(応接室側)に架けられているのです。そして、出っ張りが見えないように、梁の上に作り付けの長椅子が配置してあります(図1参照)。ちなみに現在の住宅建築では、室内にも梁が出ないよう改善され、「逆梁工法」として採用されています。

  • (※1) 梁:建物を支える水平材で、柱と共に構造上最も重要な部材。
図1:2階応接室 床の逆梁模式図
床面(南北方向)に梁が架けられています。その上に長椅子を組み込むことによって、梁の出っ張りが隠されています。
さらに、「吊り床」で梁や柱の大きさを抑制
ところで、逆梁の架けられたスラブは、どのようにして支えられているのでしょう?
四隅の柱の上に載っているだけのように見えますが、実は「吊り床」になっているのです。梁を貫通する鉄筋の一部が斜めに折り上げられ、ハンモックのように柱に吊られて固定され、スラブを支えています(図2参照)。これには、梁や柱をできるだけ小さくするための構造的な工夫がなされたと推測できます。
図2:2階応接室 吊り床模式図
スラブに架けられた梁を貫通する鉄筋が、擁壁の内部で斜めに折り上げられ、隣接する柱に固定されています。両側の袖壁は、スラブが折れないように梁の両端を押さえて、吊り床を安定させる機能を持っています。
ライトの意図した巧みな空間構成を実現

このように、「逆梁」や「吊り床」といった構造を併用することによって、1階車寄せ及び2階応接室の空間構成を阻害する梁や柱の出っ張りが極力抑えられているのです。巧妙な構造と見事な意匠が表裏一体になっているところに、ライト建築ならではの面白さがあると言えます。


「ライトはカモフラージュの名人!?」
「逆梁」や「吊り床」と聞くと、何だかカラクリ屋敷をイメージしますね。実際ヨドコウ迎賓館において、これらの仕掛け、つまり構造が解明されたのは1985年~1988年の保存修理工事の際でした。設計段階で長椅子を組み込んだり、複雑な外観デザインになっているのは、意匠に徹底的にこだわったライトらしい配慮とも言えますが、独特の構造的トリックを簡単に見破られないよう、カモフラージュする意図があったのかもしれませんね。
応接室の長椅子と袖壁
※本稿はヨドコウ迎賓館の保存修復を監理されている(財)建築研究会の平田文孝先生のご教示をいただき淀川製鋼所が作成したものです。
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