第9話 ライト独特の壁面装飾を支える「やじろべえ」構造

(図1)2階平面図
南棟応接室(図a-a’の断面)
意匠をバックアップする構造的な工夫

今回からヨドコウ迎賓館の保存修理工事(1985年~1988年)や震災修復工事(1995年~1998年)を通して、実際に検証された構造を中心に、ライト独特の意匠(デザイン)を実現するための工夫、装飾効果と表裏一体になった技法を解明してみたいと思います。
まずは、屋根を壁面で支えるテクニックについてご紹介します。

重量の「バランス」に着目

どっしりと重たい屋根をしっかり支えるためには、壁の強度を保つことが大切です。そして、より頑丈な構造にするには、鉄筋やコンクリートの量を多くするのもひとつの方法です。しかし、壁面の厚みが増し、室内空間を阻害してしまいます。そこで、ヨドコウ迎賓館の場合、全く異なる技法が用いられています。
簡単にまとめると、重量の「バランス」を保つという考え方に着目した構造になっているのです。発想のヒントになったものとして、ライト自身は「給仕が腕をさしあげて盆を運ぶような」イメージを持っていたそうですが、実はもっと近いものがあります。それは、日本古来の玩具「やじろべえ」です。左右の腕に重りがついた人形を、指一本で安定して支えることができる仕組みを思い出してみてください。ヨドコウ迎賓館の場合、より複雑な構造になっていますが、原理的には類似しています(図2参照)。そして、こうした「やじろべえ」構造は、社寺など日本の伝統的建築に多く見られるそうです。

(図2)
日本古来の玩具「やじろべえ」
ヨドコウ迎賓館の構造模式図
(右断面図青色部分)
「やじろべえ」の左右の腕にかかっている重りは、それぞれヨドコウ迎賓館の屋根を構成する庇の重量、屋上などの重量に置き換えられます。そして、両方のバランスを保つため、指先に該当する壁を支点にして、力(重さ×長さ/力のモーメント)が釣り合うように設計されています。
「やじろべえ」構造が壁面装飾へと昇華
いずれにしても、なぜ「やじろべえ」構造を取り入れ、壁面の厚みを抑えたのでしょう? 単なる資材コスト節約のためではなかったはずです。可能な限り室内空間を広げることによって、壁面に立体的な装飾(作り付けの飾り棚など)を施すという設計意図があったからと推測できます。一見しただけでは解り難い構造的テクニックが、見事な意匠へと昇華しているところに、ライト建築ならではの面白さがあると言えます。
南棟応接室

「夏用の帽子を連想させる屋根の造形」
ヨドコウ迎賓館の屋根については、デザイン的にも面白い指摘がされています。なんと、造形のモチーフになっているのは夏用の帽子です。まずは、外観写真をご覧ください。さらに断面図を見れば、なるほど納得。屋上から天井にかけてのフレーム(骨組み)が頭にかぶるところ、庇がツバに見えてきませんか。そして、庇に施された幾何学模様の飾り石が、ツバを縁取るリボンになっています。夏用の帽子といえば、日よけに使うもの。この建物が、避暑を目的とした住宅のスタイルで建てられたことを考えあわせると、ライトの洒落た演出に脱帽したくなりますね。
バルコニー南側(4階)から見える屋根
※本稿はヨドコウ迎賓館の保存修復を監理されている(財)建築研究会の平田文孝先生のご教示をいただき淀川製鋼所が作成したものです。

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